『フルサトをつくる』読んだ

フルサトをつくる 帰れば食うに困らない場所を持つ暮らし方

フルサトをつくる 帰れば食うに困らない場所を持つ暮らし方

伊藤洋志さんという人とphaさんという人が書いた『フルサトをつくる 帰れば食うに困らない場所を持つ暮らし方』という本を読んだ。phaさんの『ニートの歩き方』が面白かったので、同じく面白いだろうという気持ちで読んだ。肩筋張らないリラックスした緩い文体は、読んでいてどこか落ち着くところがある。読んだわけだが、特に本の内容にそこまで触れる訳でもなく、残りの部分は個人の日記レベルの内容になるので注意されたい。

コミュニティの話に興味があったので読んだ

さて、この本で取り上げられているフルサトというのは、自分の理解するところでは、いつでも帰れるところ、ぐらいの位置取りの概念。帰ってもいいし、まあ帰らなくてもいい。血縁のような強い繋がりがある訳でもないが、たまに様子が気になって顔を出してみたくなる。それくらいの丁度良い塩梅の、緩い繋がりのあるところ。コミュニティや共同体という言葉が若干の齟齬はあるものの近い概念だと思うので、本の中ではコミュニティって言葉使いたくないって言ってたけど、ここではコミュニティと呼ぶことにする。で、そういったコミュニティに参加したり、あるいは開拓し、維持していくということにつけての感覚や知見が、この本にはたくさん書き記されている。

レトロスペクティブ・シェアハウス

フルサトではないけれど、自分もシェアハウスという環境に身を置いている状態で、興味が先か行動が先か、やはり住環境にまつわるコミュニティの話題には興味を引かれるところがある。シェアハウスというのは、最近増えてきたとはいえ暮らしのあり方としてはまだまだ少数派で、一般的ではないと目される状態にある。住んでいる当人としては、もはやそれが日常の風景と化している面があり、正直もはやその異常性が認識しづらくなってしまっている。

物質的な側面に触れるならば、同じ賃料で借りる一人暮らし用の部屋と比べると、かなり良い物件を借りられていると思う。共同して利用する風呂やリビング、キッチン、他に地下空間とかには特に豊かさがある。キッチンとか一日中使う訳ではないので、一人に一つ用意しない分だけ効率的になるのはまあ考えてみれば合理的な話。反面、その空間をそこまでふんだんに活用できていないというのが、現状わりと大きな課題だと考えている。

人が来ると風通しが良くなる

同じ人間だけでずっと過ごしているとどうしてもいろいろ溜まったりよどんだりしてくるものがあるので、「人がある程度循環している 」というのが居心地の良い場所を作るときに大事な点だ。

本の一節にこういう言及がある。 家に知人を呼んで何か催しをするというのは、コミュニティの風通しを良くするという意味でも、良いことだと思うし、どんどんやっていきたい。ただ、何も考えずにやるとたまに失敗することもある。例えば、クローズドでかつ大人数なイベントとかをやると、循環とか擦り合わせとかが発生しにくく、知らない人が何人か来て何かやってて気になるけどよく分からんので近づかないでおこう、ということになる。自分も振り返ってみるとよくやりがちで、ああ同居人が気が向いたら参加できる形でゲストと一緒にメシでも食えば良かったなあということがよくある。

帰ったら変な人がいるのは良い

一方、帰ったら知らない変な人がリビングに居るという状態は個人的にはかなり面白い。それくらいオープンな感じで出会って、どうもどうも、あゝどうも最近何をされている人ですか、という感じの会話があるのは面白い。そういうことがあるのでシェアハウスは良いと言っても良いぐらい良い。苦心してこの状況を生み出すのは本末転倒で間違っていると思うが、勝手にこういう状況が生まれる土壌やパターンはあると思う。それが知りたいし、読んでそれが幾つか知れたので満足だ。

ある程度共同作業があると良い

本の中で、生活に必要な床張りなどの共同作業をやると、普通に何もなく会話するよりよほど緩くコミュニケーションできるという話があった。確かにこれは実体験として共感できる。例えばうちでは、たまにただひたすらに米を大量に炊くみたいなイベントが突発的に開催されることがあるのだけど、買い出しとか色々な作業が発生して、結果的にわりと今まで話さなかったようなエピソードが作業中につい口から出てたりする。

コミュニティ保全したい

最近の興味として、チームビルディングやコミュニケーションパターン、組織論、それを支援する建築パターンやデザイン、インターフェース、仕組みに興味がある。その辺の題材として最も身近なコミュニティが自宅であって、シェアハウスというのが稀有な例で色々面白くもあるので考察している。別にいま住んでるシェアハウスのコミュニティが心配であるとかでは全くなくて、寧ろ一緒に居て心地良い貴重な界隈であるので、このコミュニティを長く続けていければと思っている。しんどくないレベルで緩く継続していきたい。

こういう、コミュニティ自体の保全について強く意識しすぎるとかえってぎこちなくなってしまい、一方で放置しすぎると朽ちて駄目になってしまうというパターンがよくあると思う。特にだるくもなく雑な感じで身の回りの良いコミュニティが保全されていけば最高だ。例え現時点でフルサトに興味が無かろうとも、こういう感じの話に興味があるという人も読むと何か良いことがあるかもしれない。